鎖の鍵   中村太一


 先週亡くなった祖母の遺品整理をしているとき、鍵を見つけた。不思議な見た目をしている。10センチぐらいの円柱形で、先の方に所々切れ込みが入っている。持ち手のところには小さい文字がびっしり刻まれている。日本語ではないし、アルファベットでもない。見たことがない文字だった。
 不意に祖母との日々を思い出す。祖母にこの鍵のことを聞いたら、どんなことを話しただろう。そんな想像をすると、出し尽くしたと思っていた涙が再び流れだした。
 祖母の家は通っている高校の帰り道にあった。お婆ちゃん子だった彼女は学校帰りによく祖母のもとに遊びに行っていた。骨董品を集めることに凝っていた祖母は彼女が家にくるといつも物珍しい壺や絵巻、小物入れを見せてくれた。楽しそうに骨董品のことを話す祖母を見るのが大好きで、彼女は日が落ちるのも忘れて次々と話をせがんでいた。祖母は記憶力がよく、一度彼女に話したことは忘れなかった。一度話したことのある骨董品をもう一度話すときは「これは前にも話したかもしれないけど」と、前置きして、彼女の顔を伺うのだ。「もう一回聞きたい」と答えると祖母は優しく微笑み、やはり楽しそうに骨董品の話をしてくれる。
 だから、彼女は祖母が持っているものは何でも知っている気でいた。おそらくその鍵も骨董品の一つだろう。でも、いままで見たことがなかった。
「何の鍵なの?」
 祖母が答えてくれる気がして、何とはなしに呟くと、母が彼女を睨みつけた。
「いいから片付けしなさい。どうせガラクタなんだから」
「おばあちゃんが大切にしていたものなんだよ」
 思わず大きな声が出た。
「どうでもいいでしょ。どうせ一円にもならないんだから」
 実の母が亡くなったのに、どうしてそんなことが言えるんだろう。片付けの手が止まる。母は祖母の骨董品をすべて処分するつもりでいる。どうしてそんなことするんだろう。祖母の気持ちがいっぱいつまっているのに。
 でも、わたしも母が亡くなっても悲しまないかもしれない、と彼女は思った。祖母が亡くなった今の悲しさに比べたら、母が死んだって、どうってことないにちがいない。
 彼女はその鍵をこっそりポケットに入れた。

 一通り押入れから遺品を出し終え、リビング一面に敷いた新聞紙に並べた。ここから、捨てるものと残しておくものを選別していく。しかし、思っていたより骨董品の数が少なかった。
「あれ? ガラクタもっとあると思ったけど、すくなくてよかったわね」
 彼女は母を無視したが、たしかに言う通りだった。といっても、思っていたより少ないという程度の印象ではなく、明らかに数が足りない。彼女の記憶にある祖母が話してくれた骨董品の数々が、ここにはほんの一部しかない。
 彼女はピンときた。祖母は骨董品を隠しているのだ。この鍵は隠し場所の鍵だ。母に骨董品が見つかると処分されてしまうから、わたしに先に見つけてほしいというメッセージなのだ。
 思い当たる場所が一つある。祖母の家の庭にある物置。いつもシャッターが降りていて、一度も中を見たことがない。
 彼女は部屋を出て、庭に駆けつけた。物置のシャッターの前に立ち、ポケットから鍵を出す。悲しみに暮れていた彼女の心がすこしはずんだ。ここにまだ祖母がいるんだ。
 壁に付いている鍵穴に鍵をかざしてみるが、大きさが全然違う。彼女は頭を抱えた。しかし、すぐ閃いた。きっとこれは嘘の鍵穴で、別のところに本当の鍵穴があるんだ。
 鍵穴を探して物置の周りを歩いていると、母がやってきた。
「何やってるの? 物置ならあなたが来る前に見たわよ。ずっと使ってなかったみたいね。中には何もなかったわ。ガラクタさえなかった」
 そんなはずはない。中に何もないっていうんなら、物置の中に鍵穴があって、地下に通じる隠し扉とかがあるんだ。
 彼女は母にせがんで物置のシャッターを開けてもらった。中に入り、鍵穴を隈なく探したが、見つからない。
 どうして? おばあちゃんはどこにいるの?
 そういえば、と彼女は思い出す。祖母は山をいくつか持っていた。その山のどこかに鍵がかかった扉があるんだ。
 彼女は鍵を持って山に出かけた。一日では調べきれず、何日かに分けて山を調べた。だけど、見つからない。
 どこかを見落としているんだ。彼女は何度もなんども山に出かけた。生前の祖母の話を思い出し、ありそうな場所を推理してはそこに出かけた。


 そうして探しはじめて三十年たつ。今も探し続けているが、いまだ鍵に合う鍵穴は見つからない。彼女の心はまるで鎖で縛られたように祖母の幻影を追いつづけた。





中村太一
作家志望の社会人。円城塔や綿矢りさ、羽田圭介が好き。ツイッター→@toooooichi101

シャッターが開かなくてがっかりしている。そこで諦めたらいいのに。